西荻窪駅南口を出て、左手の線路沿いの平和通りを荻窪方向に5分ほど歩いて行くと『韓国小皿料理オンギ』に着く。韓国料理イコール焼肉と思って、そんなイメージの店構えを想像していくと通り過ぎてしまうかもしれない。ガラス張りのなかが見える店はおしゃれな喫茶店といった感じだ。ローマ字でOnggiと書かれたドアを開けて中に入ると、「いらっしゃいませ」と笑顔の素敵なキム ユナさんが迎えてくれる。彼女が一人で切り盛りしている店内は、5,6人が座れるカウンター席と4人掛けのテーブル席が一つのこじんまりした、落ち着ける雰囲気。
韓国で日常的に食べている料理を提供するお店ということで、さらに、韓国小皿料理と前にも付けて『オンギ』としたわけだ。あらためて扉に書かれた店名や頂戴した名刺を見ると、Oの字の中には壺の絵がデザインされていた。お店にお客できていた韓国出身の人が、この絵を一目見て、韓国料理の店だと分かった、と言うぐらいで、故郷のシンボルのような存在なのだろう。
お気に入りの料理を紹介すると、まずチヂミ。海鮮、じゃがいも、にら、エリンギなど7、8種類ある。「何でも衣をつけて焼けばチヂミですね」とキムさんが解説してくれる。焼きたての衣はふんわり、中身のレンコンは軽くサクッとしながらしっとりとジューシーで柔らかい。焼き過ぎの焦げめもなく、さっぱりしたタレをつけて食べると、パクパクっとお腹に収まってしまう。皮付きニンニク丸ごとの漬物もびっくりするが、なかなかにオツだ。チョレギサラダ、ナムルも美味しい。一品一品は小皿に手ごろな量でだされる。どれも味がよく選ぶのに迷ってしまうほどで、これがまた楽しい。
「まあ、プロですからね。それに顔を覚えると喜んでもらえるし…。でも、名前を覚えるのは大変。日本人の名前は韓国人より長いから」とにっこり。キムさんの話す日本語は、私たちが話すのと変わりがないくらいに上手だ。
―――きれいな日本語ですけど、どこで勉強されたんですか?
「来日する前にひらがなとカタカナぐらいは覚えてきましたけど、日本で日本語学校に2年間通って勉強しました。嬉しいね、ほめられて」と今度は照れ笑い。
「子供のころから料理は好きだった、ってゆうか、よく手伝わされたんですね。うちは大家族だったんです。父が長男なので兄弟が一緒だったりで、食事の準備は大変だった。一番多かったときは8人ぐらいいたんじゃないかと思います。それに普段の食事だけでなく、日本でいう法事?、先祖の命日だとかお盆、それに旧正月とか、とにかく年に何回も特別な料理を用意しなければならなかったんですね」。
―――それで料理の腕を上げたんですね。特別な料理というのは地方色豊かな伝統料理なんですか?
「法事で出す料理は大体決まってるんですね。日本のおせちみたいに何が入らなきゃいけないとか、そういうのが決まっているんです。そこにはニンニクを使ってはいけないとか、唐辛子は使っちゃいけないとかっていうように……」。
「昔のキムチは白かったんですけれども、日本から唐辛子が入ってきて使うようになったんです。ですから昔のキムチは辛くなかったと思いますよ」。
「地方によっても家庭によっても味は違うので、一言でいうのは難しいんですが、プサンだと海のそばなので、ふつうは魚の塩辛を使うことが多いんですけど、魚を丸ごと入れて漬けるのもありますね。発酵すると骨まで食べられるんです。ソウルでは魚は貴重だからイカの塩辛なんかを使う。昔は冷蔵庫がなかったから保存食には塩を多く使ったけど、今はキムチ用の冷蔵庫まであったりするので、だいぶ塩気はなくなりましたね。醤油漬けとかみそ漬けもありますよ」。
「1年ほど物件を探しました。神楽坂や飯田橋辺りで物色したりしたんですが、なかなかいい情報がこない。それで探す範囲を中央線沿線まで広げたら、このお店が見つかったんですね。ここは一目ぼれでした。これはいいなという感触でした。前のお店も食べ物屋さんだったということで、すぐ借りることができました。
西荻の街の落ち着いている雰囲気も気に入りました。日本に来て十年になりますけど、大久保とか高田馬場に住んでいたころは日本にいるという感覚を持つことがあまりなかった。でもここにいると、お客さんもいろんな職業の人がいて、そういう人たちとつながりができていくじゃないですか。日本人の中にやっと入れたという感じがして、これが日本での生活かなという実感がわきますね。」
西荻にまたいいお店ができたなと、強く印象に残りました。女性の方、一人でも気楽に入れますし、食べて、飲んで、料理の話など楽しんでください。常連さんが増えることを願っています。食を通じて韓国文化の発信をしたいというキムさん、これからのご活躍が楽しみです。
日曜定休
取材日 2017年6月28日